今日のコラム

☆12月3日は カレンダーの日

全国団扇扇子カレンダー協議会が1987年(昭和62年)に制定したもので、
明治5年12月3日(旧暦)が太陽暦の採用によって明治6(1873)年1月1日となった。

お早うございます。今日もお立ち寄りありがとうございます。☆


12月3日 松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM

広い視野

 今日では、世界の一隅に起こったことも、それが瞬時に全世界に伝わり、さまざまな影響を及ぼす。そのような中で、自国の範囲だけ、自分の会社、団体の範囲だけの挟い視野で事を考え、行動していたのでは、往々にしてあやまちを犯すことになってしまうと思う。いま、視野の広さというのは、指導者にとって、欠くことのできないものであろう。

 指導者はみずから世界全体、日本全体といったように広い範囲でものを見るよう常に心がけつつ、一国の運営、会社や団体の経営を考えなくてはならないし、また人びとにそうした広い視野を持つことの大切さを訴えていかなくてはならないと思う。


【コラム】筆洗

2014年12月2日東京新聞TOKYOWeb


▼インドで映画館に入った。一年ほど前である。ひどい映画だったが、観客は熱狂している。スクリーンの女優に向かって大声で叫んでいる。トイレの悪臭と硬いシート、むき出しの興奮。昔の日本の映画館と同じである

▼日本の映画館でも主演俳優がスクリーンに登場すれば、「掛け声」という時代があった
▼高倉健さんには「待ってました。健さん!」。「さん」が付く。石原裕次郎さんには親しみから「ゆうちゃん!」だろう

▼その俳優の掛け声には敬称は付かなかったはずである。短く、「文太!」と叫ぶ。「仁義なき戦い」などの菅原文太さんが亡くなった。もちろん「さん」が付かぬのは値しないからではない。そう呼ばせる「何か」があった

▼「仁義なき戦い」の脚本家の笠原和夫さんがこんな逸話を残している。同シリーズの第二部「広島死闘篇」には菅原さんの出番が少ない。それでも構わぬと菅原さんは出演に応じたが、その後、出られないと言ってきた。怒った笠原さんは「おまえ、表に出てやるか」と喧嘩(けんか)を吹っかけたが、これに菅原さんも「やるというのならやってもいいです」

▼健さんが「静」「辛抱」ならば、菅原さんは「動」であり「爆発」か。身体から放たれる人間の臭みや生々しさが観客に敬称の壁を忘れさせた。それにしても健さんに続き「文太」も。「昭和人」には寂しい年の暮れである。


☆今朝は晴れていますが、寒いです。今日も皆様にとって良い一日で有りますように。☆

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