今日のコラム

☆1月14日はタロとジロの日,愛と希望と勇気の日

南極の昭和基地に置き去りにされたカラフト犬の「タロ」、「ジロ」の生存が1959年(昭和34年)のこの日確認された。「愛と希望と勇気の日」ともよばれる。

ジロは南極で死亡したが、タロは5年後に日本に生還して北海道で余生を過ごした。☆


☆お早うございます。今日もお立ち寄りありがとうございます。☆



1月14日 松下幸之助一日一話(松下幸之助.COM)

不景気またよし

 好景気は結構だが、不景気は感心しないという。たしかに、その時点時点で見るとそうであろう。

 けれども、そういう一コマ一コマであっても全体について見たら、不景気の過程もまた偉大なる生成発展の一つであるとも考えられる。

 不景気のときには苦しく困難ではあるが、不景気なるがゆえにはじめて得られるものがある。不景気になったために知らなかったことを知った、ある悟りを開いたということがある。それによって次の手が打てる。だから不景気のときには、伸びているところも少なくない。そういう見方をするならば、不景気もまた結構ということになると思うのである。



【コラム】筆洗

2015年1月13日 東京新聞TOKYOWeb

▼一九四五年の一月十三日午前三時三十八分、三河地震と呼ばれる震災が起きた。阪神大震災と同じ内陸直下型地震が、空襲におびえる人々を足元から揺らした

▼被災した人々は、どんな思いで新聞を手にしたろうか。七十年前の記事を読んでみる。一月十四日付一面に並ぶのは、<撃破実に一千機>といった記事ばかり。震災を報じる記事は二面に載っている。見出しが勇ましい。<再度の震災も何ぞ/試煉(しれん)に固む特攻魂>

▼<十三日早暁一部電灯線が切断する程度の可成(かなり)の地震が東海地方を襲ったが、(昨年十二月)七日の激震に較(くら)べると震度は遥(はる)かに小さく…若干全半壊の家屋があり死傷者を出しただけで…工場その他の重要施設には殆(ほとん)どこれといふ被害のなかったのは不幸中の幸…>

▼十二月七日の激震とは、千二百人以上の死者を出した東南海地震のこと。それに比べて「遥かに小さい」と書かれているが、三河地震の最大推定震度は7。全半壊二万戸以上で、二千三百人余の命が奪われていた

▼戦時中、政府は厳しい情報統制を敷いていた。だが当時、現場にいた記者たちはこうも語っていた。「最初は本当のことを書いても載らないなぁと思っていた。だがそのうち、どうせ載らないならと取材もあまりしなくなった」

▼政府が情報を支配し、新聞がそれに馴(な)らされればどうなるか。七十年前の紙面が、教えてくれる。


☆ 今朝は曇り空です。今日も皆様にとって良い一日で有りますように。☆

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